Vol7.「リーダーに最も必要な自己認識能力」 担当:渥美 (2018年8月2日)

■ 今、リーダーに一番必要とされていること

 

リーダーに最も必要な能力があるとすれば、それは何でしょうか?

 

スタンフォード大学ビジネススクールの諮問評議会75名に「リーダーが開発すべき最も重要な能力は」と聞いたところ、ほぼ全員一致で返ってきた答え

 

それは、「自己認識(Self-awareness)」です。

 

管理者・リーダーが集まる場で、この話をすると、「確かにそうだ!」という反応をする方は少数であり、多くの方は、少し不思議そうな表情をされます。

 

それはおそらく、リーダーに必要な能力と問われれば、コミュニケーションであり、決断力であり、人を巻き込む力であり、いわゆる問題解決のスキルのことを指し、そもそも自己認識を能力とは捉えていないからではないでしょうか。

 

もちろん問題解決のスキルは必要であり、今も、そしてこれからもリーダーが開発すべき能力であることに疑いはありません。

 

しかし、このようなテーマが挙がる背景には、もはや何をするかといったテクニックや方法論だけでは、目の前の課題を解決できなくなってきている現実があるように思います。

 

では、なぜ、世界で活躍する第一線のリーダーを相手にするスタンフォード大学が、揃いも揃って「自己認識」という回答をしているのか。

 

そこには、「それぐらい私たちは、自分のことを分かっているようで分かっていない」とう前提があるように思います。

 

では、次の質問に答えてみてください。

 

「あなたはどんな人ですか?」

 

そう聞かれたら、あなたは何と答えますか?

 

一般的に、人は自分のことを紹介するときに、所属する組織、自分のポジション、職種、仕事といった属性で自分のことを紹介します。

 

それは、社会的にも人を表すものは、どんな仕事をしていて、どれだけ偉くて、どんな生活をしているのか、といったところに価値が置かれているからであるように思います。

 

しかし、属性やラベルは、その人の表面的に見える一部を表すものであり、決してその人自身を表すものではない、と私は思います。

 

むしろ、そこを前提に見てしまうと、その人本来の人間として姿が見えなくなります。

 

例えば、経営者の方々と接していると、職場の中ではやはり経営者としての姿です。威厳があり、尊敬され、皆をリードする存在です。

 

しかし、経営者もその役割を解いたら、一人の人間です。

 

いつも機上に振る舞う経営者が、ふと弱音を吐く、涙する、悩み苦しむ、そういった場面をこれまで何度も目にしてきました。

 

その度に、経営者も一人の人間であり、他の人と何ら変わりない。表面的に見えるものだけでは、その人のことは何も分からない、そう思います。

 

では、人が属性を外し、自分自身のことを問われたとき、一体どんな答えが残るのでしょうか?

 

私とは、一体誰なのでしょうか。

 

■ ポジションが上がるほど自分が見えなくなる

 

人は社会的な生き物であるため、大なり小なり、他者からの評価を気にします。つまり、自分はあの人からどう思われているのか、周囲からどう見られているのか、という問いが常にあります。

 

特に上のポジションに立てばたつほど、責任範囲は広がり、利害関係者の数は増え、自分を見る目が物理的にも多くなります。そして、彼ら彼女らから一定の支持を得なければ自分は存在できない、そう思えば思うほど、自分はどう見られているのか、という問いは時に恐怖にさえなります。

 

では、本当のところ私たちは、他者からどう見られているか、どう評価されているか、ということを解っているのでしょうか。

 

「あなたは周囲からどんな人だと思われていますか?」

 

そう問われたら、あなたは何と答えますか?

 

きっと、「こうじゃないかな」「ああじゃなかな」となんとなく憶測が立つかもしれません。

 

しかし、この答えの中にあるのは、「自分が自分をどう見ているか」「自分が自分をどう扱っているか」という真実でしかありません。

 

群盲象を撫ず、というインドの有名な寓話があります。

 

その名の通り、目の見えない盲人が、象を撫でる、ということなのですが、どこを触ったかによって、その表現が異なる、という話です。

 

例えば、尾を触った盲人は「綱のようです」と答え、鼻を触った盲人は「木の枝のようです」と答え、耳を触った盲人は「扇のようです」と答え、腹を触った盲人は「壁のようです」と答え、牙を触った盲人は「パイプのようです」と答える。

 

それを聞いた王はこのように答えたようです。

 

「あなた方は皆、正しい。あなた方の話が食い違っているのは、あなた方がゾウの異なる部分を触っているからです。ゾウは、あなた方の言う特徴を、全て備えているのです」

 

つまり、あなたが言うことは正しい、しかしそれは全体の一部である、ということを表し、物事や人物の一部、ないしは一面だけを理解して、すべて理解したと錯覚してしまうことの例えとして用いられます。

 

先ほどの話に置き換えてみると、自分が見た自分というのは、あくまで全体の一部であり、自分の全てを表すものではない、ということを意味しています。

 

そもそも自分で自分のことは見えづらい。それに加えて、ポジションが上がれば上がるほど、自分の姿を客観視することは益々難しくなります。

 

理由は3つあります。

 

1つ目は、フィードバックしてくれる存在がいなくなります。

 

ポジションが上がるということは、部下の数が増え、上司の数は少なくなる、ということです。上司が部下にフードバックすることはあっても、部下が上司にフィードバックすることはほとんどありません。

 

また、仮に上司がいたとしても一定キャリアを積んできて管理者・リーダーに細かくフィードバックすることもなくなります。

 

誰も何も言ってくれない中で、「自分で気づく」という世界に入ってきています。

 

2つ目は、固定観念が強くなり、視野が狭まります。

 

一定の経験を積んだ管理者・リーダーというのは、自分なりの勝ちパターンがあり、あるべき論があります。そのため、これまでの当たり前が強すぎて、自分の中に強固な殻をつくってしまい、仮に異なる視点が提示されても反応的に排除してしまう作用が働きます。

 

また、そういった固定観念が強いと、周囲も当然それがわかるため、上司の意に沿う意見は出すが、上司の意に反する意見は出さない、といった顔色を伺うイエスマンが増え、益々フィードバックしてくれる存在がいなくなります。

 

3つ目は、失敗できないという恐れが強くなるためです。

 

責任範囲が広がれば広がるほど、失敗することへの恐れが強くなりがちです。それは、自分の失敗が、組織全体、部署全体の失敗に繋がってしまうからです。

 

それが、これまでの固定的な見方への執着を生みます。これまで長年かけてきて培ってきた勝ちパターンを手放すことは、道標を失うことを意味します。

 

道標がない中、どこをどう進めばよいのか分からない、その恐怖心が強ければ強いほど、人は答えを求めます。どうやったら上手くのか、どうやったら成功するのか。

 

そして、結果に執着すればするほど、ますます自分のことが見えなくなります。

 

■ リーダーシップ開発は「成長」から「発達」へ

 

では、どうやって自分のことを客観的に理解することができるのでしょうか。

 

それは、シンプルに「他者に問う」ということではないかと思います。

 

「あなたから、私はどのように見えるのか」

 

「みんなにとって、私はどんな存在なのか」

 

「私は、みんなにどんな影響を与えているのか」

 

それを、一番フィードックがしにくい部下に求めることだと思います。

 

これは、とても勇気がいることです。

 

しかし、「上司が部下を見抜くのには3年かかるが、部下が上司を見抜くのには3日で足りる」と言われるくらい、部下は上司のことを普段からよく見ています。

 

だからこそ、自分の姿を良くも悪くも知っている部下にフィードバックを求める。

 

それが、自己理解を深めるためのシンプルな方法ではないでしょうか。

 

近年、脳科学の解明により、従来のレイティング(評価段階付け)による人事評価が能力開発やパフォーマンスに効果的でないことが明らかになってきています。

 

そして、それに代わる新たな管理者・リーダーの成長促進の方法として、360度フィードバックを行う組織が増えてきています。

 

一般的に、日本人はフィードバックを受けることに慣れてないため、このような取り組みにあまり前向きではありませんが、特に管理者・リーダーが過去の成功体験から降り、一皮むけるためには、効果的な取り組みではないかと思います。

 

リーダーシップの潮流は、「成長」から「発達」へとシフトしてきています。

 

成長とは、能力を高めること、スキルを身につけることですが、発達とは、自分の弱点と向き合うことです。

 

つまり、より人間としての成熟がマネジメント側に求められてきていることを意味しています。

 

「なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか」の著書であるロバート・キーガン氏は、以下のように言っています。

 

「実は、組織に属しているほとんどの人が、本来の仕事とは別の『もう一つの仕事』に精を出している。お金をもらえないのに、その仕事はいたるところで発生している。

 

大企業でも中小企業でも、役職でも学校でも病院でも、営利でも非営利団体でも、その世界中のどの国でも、大半の人が『自分の弱さを隠す』ことに時間とエネルギーを費やしている。まわりの人から見える自分の印象を操作し、なるべく優秀に見せようとする。駆け引きし、欠点を隠し、不安を隠し、限界を隠す。自分を隠すことにいそしんでいるのだ。

 

思うに、組織でこれほど無駄を生んでいる要素はほかにない。もっと価値あることにエネルギーを費やすべきではないのか。この無駄が生み出す弊害ははっきりしている。組織とそこで働く人たちが潜在能力を十分に発揮できなくなってしまう、ということだ。その損失はあまりに大きい。

 

人が能力を開花させるためには、その妨げとなっている固定観念と自己防衛本能を白日の下に引っ張り出し、それと向き合い、最終的には乗り越えなくてはならない」

 

自己の弱点を目の前にしたとき、人は恐怖を感じます。

 

恐怖から人が選択できる道は2つしかありません。

 

恐怖を避け、なかったことにするか、勇気をもって恐怖に飛び込み、現実を知しろうとするか。

 

現実を知れば痛みと苦しみを伴います。それを避けたいがため人は弱点を隠し、取り繕うとします。

 

しかし、痛みと苦しみの先にあるのは、これまでの延長線上にない自己発見であり、そこにこれまでの自分への感謝と新しい自分への祝福しかありません。

 

人は何歳になっても変われる、進化できる。

 

そのためには、これまで目を背けていたところに光を当てられるかどうか、

 

ではないでしょうか。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

 

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